研究記(所長随想) 


■研究記(6)  H29.02.06

  
~「伊東文化振興基本構想」 (私案)~

伊東市では、現在「文化振興基本条例」に基づく「文化振興基本構想」を策定中である。この基本条例は、制定の義務が法律に明示されている訳ではない。
だから、伊東市がその必要性を自覚し、自主的、主体的に制定したものである。

これまでに伊東市に文化行政が行われていなかった訳ではない。
従って、現在策定中の「文化振興基本構想」は、これまでの伊東市の文化行政をなぞったものであるはずがない。
また、別の言葉で言い変えたものであるはずがない。
さらには他自治体の模倣であるはずがない。仮にそうであるなら、「文化振興基本条例」を制定した意味がないということになる。

「文化振興基本条例」の制定の意味から考えれば、「文化振興基本構想」は、自主的、主体的であるばかりでなく、事は文化、芸術に関することであることを考えるならば、政策論的にも革新的、創造的でなくてはならないはずである。

「文化振興基本構想」がどういう内容になるか、現時点では愚輩にはわからないが、上記のことから大いに期待しているところである。

期待するばかりで何もしないでは少しの責任も果たせないので、2月6日付けで、「文化振興基本構想」の「私案」を教育長に送付した。
「文化振興基本構想」は、市長が策定するが、担当は教育委員会であり、教育長の元で諸作業が行われていることから、教育長宛とした。

稚拙であるかも知れないが、もし我市長たりせばというつもりで書いた「私案」である。参考にしてもらえれば幸いである。

「私案」は、次の自由文化政策研究所のホームページに掲載してあるので、お時間のある方はご覧いただければありがたい。

http://jibunnkenn.ppoo.jp/ronnbunntou290206-kihonnkousou-si…




■研究記(5)  H28.12.26

  ~文化的・芸術的な「文化振興基本構想」~

「文化振興基本構想」は、平成28年4月1日に施行された「伊東市文化振興基本条例」に基づいて現在策定中である。来年の3月までには完成させる予定という。

行政計画には階層順位がある。計画的な行政をはかり、行政秩序を保つためにはこの階層順位は守らなければらない。
「文化振興構想」について言えば、その上位計画が「伊東市第10次基本計画」さらにその上位に「伊東市基本構想」がある。

それらを打ち消した「文化振興基本構想」であっては、まずその上位計画を変更する手続きから始めなければならず、大層な時間とエネルギーを要する。
しかし、それらにない事項を記述するについては何の問題はない。また、書き方にこだわることもない。

「文化振興基本構想」を建物になぞらえた「骨格」、「枠組み(フレーム)」と考えれば、そこには、完成された建物の姿がイメージされていなくてはならない。
さらには、量産されるハウスメーカの骨格そのままでは、あるいは類似していては、わざわざ「文化振興基本構想」を策定する意味は薄く、「文化」の文字を冠する骨格、フレームであればこそ、独創的、革新的でなければならない。

「文化振興基本構想」は、必ずしも数十頁の文字は必要としない。数行の文字であっても文化振興の基本構想を表現することは可能である。
我が国には、たった17文字あるいは31文字で森羅万象をも表現する希有の文化が連綿として続いているのである。

役所の都合が良いように、あるいは批判を受けないように明言を避けることこそが行政文化、役所文化だというなかれ。
それを革新することもまた行政文化、役所文化と知らねばならぬ。

「文化振興基本構想」策定の伊東市の行政手腕に期待する。



■研究記(4)  H28.12.24

      ~「殺戮とエロス」 ― ある大先輩の言~

特に芸術に造詣が深いという訳ではないが、芸術には革新性や独創性という要素が大事であろうと漠然と思う。
別の言い方をすれば、破壊と創造である。

芸道では「守・破・離」というが、昔からのものを引き継ぎ伝えるについても、破壊と創造は大事な要素であろう。

最近、ある酒席で大学の大先輩が「君、結局のところ、世の中は殺戮とエロスだよ」という趣旨のことを盛んに話されていた。
破壊と創造から考えれば、大先輩の言は芸術の極意につながることがわかる。
芸術の極意につながれば、人間の本質に思い至り、再び芸術に戻ってくることになる。

さて、伊東市では現在「文化振興基本構想」を策定中である。
型通りの書式(構想書、計画書の書き方)に従い、かつその他のいくつかの計画等との整合性を考慮し、今後、行政執行上、齟齬が発生しないように気を遣い、立派な「構想書」をつくることは大事かも知れない。

しかし、ことは文化や芸術に関することである。
従前の発想を転換して、伊東の独創性と革新性を充分に取り入れて、ついには「殺戮とエロス」の境地に至るような「文化振興基本構想」を策定することはもっと大事であると思うのは愚輩一人だけであろうか。



■研究記(3)  H28.12.21

     ~類は友を呼ぶ~

現在伊東市では、「伊東市文化振興基本構想」を策定中で、その基本構想を協議検討する「文化振興会議」もこれまでに2回開催されている。

2回目の「文化振興会議」を傍聴したが、傍聴者に配布される資料は委員の皆さんに配布されるものと同じかどうかはわからない。(聞けば教えてくれるだろうがわざわざ聞かないというだけのこと)

いずれにせよ、その他の資料も含めて、「文化振興基本構想」の策定に関する資料を市が公開している様子はない。
常々、〇〇構想とか〇〇計画を策定する時は、その協議検討のうちから関連資料を順次公開すべきだと思っているのだが、なかなかそうはいかないらしい。

そこで、若干の基本的な資料を次の「自文研」(自由文化政策研究所)ホームページに公開した。興味のある方は見ていただけるとありがたい。

 http://jibunnkenn.ppoo.jp/siryou.html

ところで、自文研のシンボルマークにできるかも知れないと、戯れに「文化」という字を使って、文化的、芸術的(?)な印をつくってみた。
そうしたら、なんと、平成27年5月に閣議決定された「文化芸術の振興に関する基本的な方針」の表紙にも達筆な筆使いで「習」の字が配置されているではないか。

思い出してみれば、この閣議決定の表紙は以前にも見ているのだが、すっかり忘れてしまっていた。

類は友を呼ぶというが、文化に思いをかける人の周波数が共鳴したのかもしれないと、思わずにやりとしてしまった。





■研究記(2)  H28.12.17

   ~「文化振興会議」傍聴す~

文化振興会議」を傍聴して、いくつか気づくことがある。

「文化振興基本条例」に基づいて「文化振興基本構想」を策定するために「文化振興会議」が開催されているのだが、この条例は、全8条(委任条項1条を含む)のいわば手続き的な条例である。
条例だから当たり前なのだが、条文には特に血が通い、隆々たる筋肉がついてる訳ではない。言ってみれば無味乾燥なのである。
また、それを補うべき、あるいは原初となるべき「前文」がついていない。

だからなおのこと、この条例に血肉を与えよく肥えた「文化振興基本構想」を創り上げるには、関係者の旺盛な熱意と知力とそれに腕力がいる。
「文化基本構想」は、いわばプロセスであるから、その先を考えれば、関係者のそれらの力は生半可であってはならない。

傍聴した限りで気がついた(改善されるべき)具体的な点は次の通り。(未熟考、未整理)

①「文化振興会議」に、文化に関して色んなことを語る場面が設定されていない。熱意が一層醸成される環境ができていない。
②文書で意見を出しておいて、それをまとめるためにする会議は効率的ではあるが、それ故事務的である。効果的とは限らない。
文化を論ずるのだから、非効率、イレギュラーな会議の持ち方があってもいい。
③会議の委員は、文化振興を総合的に推進するのであるから、「文化振興基本構想」を創造するについては、文化政策に係る「政策ロードマップ」を市が示しておかなくてはならない。
そこまで会議の委員に委ねるなら、そのような会議の持ち方をしなければならない。
④「文化振興基本構想」の上位計画は「伊東市基本構想」「総合計画」だというなら(事務局説明)、「伊東市基本構想」「総合計画」を頭にいれておかねば議論はできないはず。
⑤一方で、「文化振興基本構想」は基本的な構想だから、具体的なことは記述しないという(事務局説明)。
「伊東市基本構想」「総合計画」及び「文化振興基本構想」の(記述の違いによる)関係性を共通認識としてもっておくべき。
⑥基本的な構想だから、具体的な記述はしない(事務局説明)というが、重要性によっては記述しても一向に構わない。
「文化振興基本構想」の「書式」にこだわっては、文化の振興には仇なすことがある。
⑦3月末までに「文化振興基本構想」を完成させるなら、「文化振興会議」の開催は極めてタイトとなる。
完成時期を先に延ばす必要があるかもしれない。あるいは、3月末までとするならば、会議も精力的に開催しなければならない。

*以下は、「文化振興会議」での話ではないが。
⑧事務局は、いくつかの文化団体等の代表が委員になっているので、市民の意見は反映されるというが、各団体でその都度持ち帰って議論しているかどうかはわからない。また、「文化振興基本構想」の素案をパブリックコメントにかけるので市民の意見は反映されるという。しかし、それはあまりに事務的であり、意見を言える状況を醸成しなければならないということに気がつかなければならない。




■研究記(1)  H28.12.8

   ~策定プロセスの公開~

当事者であったり関係者であったりすると、それ故よく見えないものがある。行政に関わることもそうである。

行政執行の権限をもつ者にも同じことがある。行政情報の公開、提供は大事なことであるという認識を持っていても、充分注意を払っていても、具体的な話になると後手にまわることが少なくない。

伊東市では現在「伊東市文化振興基本構想」を策定中で、有識者等からなる「文化振興会議」が開催されたりしている。
平成27年度に新たに「伊東市文化振興基本条例」を策定し、文化振興に一層力を入れようとしているのである。

しかし、執行権限を持たない一市民には、今、何がどう進行しているのか皆目わからない。
例えば「文化振興会議」は傍聴できるようだが、そのことがどこに公表されているのか、会議の日程がどうなのかわからない。
少なくとも市のホームページを見てもそのことの記事に行き着かない。(愚輩の操作が間違っているのかもしれない)

市役所に電話すればきっと親切に教えてくれるとは思うが、そういう問題ではない。
「伊東市文化振興基本条例」(H28.4.1施行)には、市の役割の一つとして、「市は、市民が文化活動に参加し、又はこれを創造することができるよう環境の醸成に努めるものとする」とある。

「文化振興基本構想」の策定プロセスの公開は、「環境の醸成」の大事な部分だと思うのは愚輩一人だろうか。

担当課長あてに照会文書を送付した。次の「自由文化政策研究所」のホームページに掲載しているので、お時間があればお読みいただければありがたい。
http://jibunnkenn.ppoo.jp/index.html
http://jibunnkenn.ppoo.jp/ronnbunntou.html

「回答は現在決済中ですが次回の文化振興会議は12/16 15:00です。開催日が迫っていますので先に電話でご連絡します」と担当課長から丁寧な電話があった。